ありがとうを言わない大切さ
みなさんこんばんわ、96です。
礼儀、ってありますよね。ありますよねって時点で失礼な感じですが。
挨拶ってありますね。人と人の関係を円滑にします。
では、かならずなくっちゃいけないの?
という。
どこかで出会ったら、こんにちわ。英語ならhallo
はじめてなら、はじめまして。
なにかしてもらったり、なにかをもらったら、ありがとう。英語ならthank you.
ありがとうといってもらったら、どういたしまして。英語ならyour welcome.
相手にわるいことをしたらごめんなさい。
目上の人のいる部屋にはいるなら、失礼します。
ものをわたすときはどうぞ。
仕事上の相手に連絡するならお世話になっております。
仕事上で謝るなら、大変申し訳ございません。(あやまる以外の場合もある。)いったんへりくだるためにとか。
仕事仲間にあったならお疲れさまです。
先にかえるならお先に失礼します。
別れのときならさようなら。
立場がしたの人で仕事上での付き合いで労をねぎらうならご苦労さま。
定例のことばでなくても、いつも助かりますとか、元気にしてる?なんて言葉も、
礼儀や挨拶のなかにふくまれる。
そこで。
関係性がしっかりできた相手に、礼儀や挨拶を省いていいか。どうか。
ということ。
たとえば、お客さんがいつもありがとうのかわりに、仕事をほめてくれる。
中のいい友達におまえそれやばいよ、死ぬよ。とか言われながら
心配される。
ありがとうはいわないけど、プレゼントがパートナーから部屋においてあった。
ん~。
礼儀や挨拶がただいうだけの儀式になって苦痛になるなら。
もしくは礼儀というものはもともと、中国の儒教からはじまった、上下関係をはっきりさせるために行うもので、ウエ、シタってわけかたがきらいだよって人はそもそも礼儀自体、疑問視しているかもしれない。
でも、ちょっとなにか頼み事をしたときに、それとって、っていってありがとうっていわれないと、どうしたのかなっておもうこともある。
上下関係にかぎらず、感謝、謝辞は言っていいと思う。
(ぱっと言えるひとのほうが、人間関係は円滑であるとおもわなくもない)
それを踏まえて、本題の関係性があるなかで、挨拶や礼儀を言わないということ。
ありがとうと言わないかわりにメッチャクチャ笑わしてくれる。
ありがとうとはいわないが、すごく嬉しいとか、いい気分であることを強調する。
ちょっと、品ないかもしれないが、何かくれる。あげようとする。
こんどはお返しするよといってくれる。
ちょっと値引きされている。
などの代替えのメッセージが相手に伝わっているかどうか。それがすごく大事だと思う。
タイミングもある。
欧米では、契約社会なので簡単には謝らないという(ビジネスなどにおいてとくに)。
私は一番つたわらないのは、本心ではなにかしてもらってすごーくよろこんでいるんだが、それを享受する、噛みしめることに夢中になりすぎて、あいてにそれをつたえることをついつい忘れてしまう場合だ。
たしかに、うれしいから夢中になることは喜ばしいといえばよろこばしいが、それを謝辞でつたえるということは、相手の目線に実は立つことである。それはあたりまえといば当たり前だが。
だから、代替えで伝えた場合も相手の目線にたっているよ、というメッセージが強い。
これはすごく日本的なことなんだとおもう。
場合によっては、してもらいたいと思ってないばあい、ありがとうを言わないというコミュニケーションもある。
また、意図していないことをありがとうといわれてもあんまりうれしくなかったりする。
考えてみれば、ありがとうを言われる相手の立場に考えることは自分のことだから、
それによって得られる自分への感情の操作、なんて考えていることもできなくはない。
でも私は、上辺だけでも、ありがとうやごめんなさいが、すぐに出てくる社会がいいのである。それは理想論だったり、ハードルが高い場面にいるひともいるかもしれないが、
実は子どもはなかなか言ってくれないという。だから、礼儀を学ぶ、なんていうのか。
感謝しあえて、ごめんなさいで済ませられるような世の中が好きである。
紹介したい本はこちら
<異文化トレーニング>
もっと世界的に、しかし、読むことで自分の日本人てきな考えに気づけます。
結構厳しいシーンなんかもそうていして、言葉がかわされる状況がかいてあって、
おもしろく勉強になります。
外国で、文化の違いから話がすれちがっていくのは、読んでて面白いが、ヒヤヒヤします。
実は日本のなかだって、すれ違いながら会話していることってないですか?
あなたはそれに気づいてないだけかもしれません。
ではでは。